患者さまのための心臓病学 第二章を掲載しました。
第二章 心筋梗塞症
心筋梗塞症は心臓の筋肉(心筋)を栄養している冠動脈の血流が途絶し、心筋に酸素が全く行き渡らなくなる(絶対虚血)病気です。心筋は壊死(えし)を生じ、虚血を起こした部分が動かなくなります。心筋梗塞症は発症からの時間によって、72時間以内のものを急性心筋梗塞、3日~1ヶ月のものを亜急性心筋梗塞、1ヶ月以上経過したものを陳旧性心筋梗塞と大まかに分類しています。
1. 急性心筋梗塞症
カルテNo.4 Y夫さん、72歳、男性
訴え;左背中から肩に強いしびれと鈍痛が1時間以上続いた
Y夫さんは、持病も無く元気に働いていました。初冬のある日、昼食を終えた途端、左背中から肩に強いしびれと鈍痛を覚えました。首でも捻ったのかと思いましたが、それにしては息苦しい。痛み止めの湿布を貼っても不愉快な感覚は続きました。そのうち治まるだろうと様子をみていましたが、1時間くらい経った頃から左下の歯茎が痛だるくなりました。不安になり近くの病院を受診しました。
心電図で急性心筋梗塞ごく早期の変化が出ていると告げられました。すぐに転送された心臓専門病院で、詰まっていた冠動脈をステントを用い再開通させました。血液が流れ出した途端、背中の違和感がスーと消えました。症状を感じてから血流が再開通まで3時間弱でした。早く再開通できたので心筋の傷害はごく軽度ですみ、現在は元通りの生活を送っています。
急性心筋梗塞症の典型的な症状は、激しい胸痛とされていますが、実際には痛みというよりは胸が何千本もの糸で締め付けられる、焼けつく、重石をのせているような圧迫感など「強い違和感」が30分以上続きます。違和感は典型的には胸の中央部から胸全体に生じます。しかし、背中や左肩、左腕、首、歯茎など種々の場所にも出現します。胃痛や吐き気、嘔吐などの症状が起き、胃の病気と間違われることもあります。
症状が乏しい方もいます。糖尿病患者や高齢者に多く、“痛み”を感じる知覚神経が傷害され、「鈍感」になっているためです。このような方でも、冷や汗がでる、呼吸が苦しい、顔面が蒼白になる、一時的に意識を失う(失神)などの全身症状を伴なうことが多いです。
急性心筋梗塞症は約40%の高い確率で死に至ります。病院にたどりつくことができれば、死亡率は10%未満に低下します。つまり亡くなる方の殆どは病院に着く前に不整脈等で死亡します。このため、なるべく早く受診し、少しでも早く詰まった血管を再開通させれば救命のみならず、心筋の傷害を最小限にすることができます。Y夫さんのように3時間以内であれば、ごく軽微な傷害にとどめることができ、6時間以内であれば何らかの効果が得られます。受診を迷っていてはこの貴重な時間を逃がしてしまいます。30分以上続く異常な症状を上半身に感じた場合は心筋梗塞の可能性を疑い、躊躇せず救急車を使ってでも早く受診して下さい。
ポイント
●胸の締め付け、焼けつく、重石をのせているような圧迫感など「強い違和感」が30分以上続き、冷汗、呼吸苦、顔面蒼白、失神などの全身症状を伴なうことも多い。
●急性心筋梗塞症は約40%の高い確率で死に至る。その殆どは病院に着く前に不整脈等で死亡する。
●異常な症状を感じた場合は急性心筋梗塞症を疑い、救急車を使ってでも早く受診する。
●早期に詰まった冠動脈をステント等を用い、再開通させれば救命のみならず、心筋の傷害を最小限にすることができる。

