患者さまのための心臓病学 第二章の続編を掲載しました。
2. 亜急性心筋梗塞症
カルテ№5 Y夫さん、72歳、男性
訴え;特になし
急性心筋梗塞を発症したY夫さんのその後の経過です。前項でお話ししましたようにY夫さんは、症状を感じてから冠動脈の血流が再開通するまで3時間弱とごく早やかったため心筋の傷害はごく軽度ですみました。また、冠動脈の他の部位には治療が必要な狭窄所見が無かったため、集中管理室でのベッド上安静は約1日ですみ心臓リハビリテーションに移りました。翌日から室内は自由、3日目は一般病棟に転出でき、トイレまでの歩行が許可されました。その後病棟内の廊下を使い200m程度の歩行を1日3回行いました。これらの運動で症状がなく、心拍数、血圧、心電図に異常が無いことが確認されました。同時に病気や薬剤、生活の仕方等の種々の教育を受けました。1週間の入院後、患者教育と心臓リハビテーションのため当院に転院してきました。
この時期から発症1ヵ月後までの時期を亜急性心筋梗塞症と呼びます。家庭復帰に向けての準備期間です。この期間に病気を理解し、総合的なリハビリを行うことが①生命を長引かせ、②再入院を予防し、③身体機能の低下を防ぐことに直接つながります。
運動療法や冠危険因子の是正、服薬の意味と順守、合併症の有無と管理、心理的カウンセリングを行います。これらは医師、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士、ソーシャルワーカー等の多職種がチームを組み、患者さんの情報を共有し、協力しながら退院時の最終目標に向かってプログラムを作り、推し進めます。
Y夫さんの場合、退職後非常勤職員として週4日間通勤で事務仕事に従事していました。心機能低下は軽度、他に不整脈等の合併症は無く、肺や腎臓等の合併症も無かったため元の仕事に復帰することを最終目標としました。医師は4メッツを最大仕事量と設定しました(図)。理学療法士は、Y夫さんの運動時の自覚症状や心拍数の増加を参考にしながら徐々に運動量や回数を上昇させていきました。
看護師は喫煙、高血圧、高コレステロール血症等の冠危険因子の是正を目指した生活指導を行いました。ことに毎朝起床時の体重、血圧、脈拍の測定とその記載を習慣化すること指導しました。また、脈の測り方を教えました。脈は心臓の状態を知る確実で簡単な方法です。薬剤師は薬剤の作用、副作用を説明し、服薬遵守の徹底を指導しました。ことにアスピリン等の抗血小板薬による外傷や出血のリスクを話しました。管理栄養士は、食事療法ことに減塩食について妻と一緒に指導しました。心筋梗塞症を含む動脈硬化疾患の最大の敵は高血圧です。また、高血圧の最大の原因は食塩の過剰摂取です。高血圧や心臓病の減塩目標である6g未満にするための種々の工夫を話し、家族全員で薄味に慣れることが力説されました。ソーシャルワーカーからは復職に際し、職場の産業医や労務担当者と相談し、徐々に仕事量を増やすこと等のアドバイスを受けました。
Y夫さんは、速度や勾配を段階的に上げるベルトコンベアーの上を歩く運動負荷試験で最終的に5メッツの運動量を達成できたため発症後約3週間で自宅に退院できました。
ポイント
●亜急性期は家庭復帰に向けての準備期間で生命の延長、再入院の予防、身体機能の低下を防ぐため心臓リハビリテーションを行う。
●医師、看護師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士、ソーシャルワーカー等の多職種がチームを組みプログラムに沿って社会復帰を目指す。
●各職種は情報を共有し、協力しながら運動療法や冠危険因子の是正、服薬の意味と順守、合併症の有無と管理、心理的カウンセリングを行う。

様々な身体活動の強さ(メッツ数)
*安静に座っている状態が1メッツで各身体活動がその何倍かを示す
3. 陳旧性心筋梗塞症
カルテ№6 Y夫さん、72歳、男性
訴え;特になし
急性心筋梗塞を発症したY夫さんは、約1週間をステント留置による冠動脈血行再建術を施行した急性期病院で、その後約2週間を当院でリハビリテーションを受け自宅に退院しました。毎日起床排尿後に体重測定、血圧、心拍数を測定し、ノートに記載しています。食事は妻の協力で減塩食や“腹八分目”を心がけました。食後1時間は安静にし、その後近所の平坦な箇所を15分~30分間散歩しまいた。気持も落ち着いてきたので発症後約1ヶ月で職場復帰をしました。復帰後2週間は午前中の勤務に制限してもらいましたが、その後は病気以前の仕事に復帰しました。現在、家庭や職場で何の支障もなく生活できています
急性心筋梗塞症は1ヶ月を過ぎると安定した状態になります。この時期の病名を陳旧性心筋梗塞症と呼び、治療目標(表)は次の3点です。①長期的に生命を長らえる工夫、②脳梗塞や心筋梗塞症等の全身動脈硬化症の予防、③生活の質(quality of life; QOL)の改善。このためには、病気の成り立ち、該当する冠危険因子の是正、心事故が発生時の処置などについて各々の患者さんに即した教育が重要です。
陳旧性心筋梗塞の患者さんが生命を長らえるには、心不全の発症を予防すること、生命に関わる不整脈(心室性不整脈)による突然死を回避することが重要です。心不全発症予防には、生活習慣を管理(定期的な運動、適正体重、減塩食等の健康的な食事、禁煙、節酒)し、心不全を促進する高血圧、貧血、睡眠時無呼吸、心房細動等の不整脈を治療する必要があります。心室性不整脈は急性心筋梗塞発症後1年間は厳重な管理が必要で、この時期に2~3回程度のホルター心電図によるチェックを行います。失神や前失神を疑わせる症状があれば直ちにこの検査をします。
血管(動脈)は全身で繋がる一つの臓器として考えることが大事です。心筋梗塞症発症した時点で全身の動脈の一部に強い動脈硬化が生じ、他の部分にもかなりの病変が生じていると考えねばなりません。有名な研究によると、日本人は脳、心臓、腎臓、四肢等のいずれの部位に動脈硬化の病気が発生しても、次に病気が再発するのは脳卒中である確率が一番高いと云われています。実際、私が心筋梗塞症下肢閉塞性動脈硬化症の患者さんを治療していても、その部の再発よりも脳卒中を生じることが多いのが実情です。動脈硬化病の再発予防(二次予防)には血圧の良好なコントロールが最も重要です。それも130/80mmHg未満という厳格な値を目指す必要があります。
運動療法はQOLの改善に最も有効な方法です。無理をせず長続きすることが重要です。そのためには通勤や買い物を歩行でする等、日常生活の一部に運動を取り入れます。グループで行ったり、趣味を伴った運動は心に余裕を持たせることができます。性生活は男女関係を円滑にしQOLを改善させます。パートナー間での性生活に必要な運動強度は4~5メッツであり、運動負荷試験でこの運動量をクリアすれば問題ありません。
ポイント
●この時期の治療目標は次の3点、①長期的に生命を長らえる、②全身動脈硬化症発症の予防、③ QOLの改善である。
●長期的に生命を長らえるためには、心不全の発症を予防すること、生命に関わる不整脈(心室性不整脈)による突然死を回避することが重要である。
●心不全発症予防には、生活習慣を管理(運動、体重、食事、禁煙、節酒)し、心不全を促進する高血圧、貧血、睡眠時無呼吸、心房細動等を治療する必要がある。
●致死的心室性不整脈は急性心筋梗塞発症後1年間は厳重な管理が必要で、この時期に2~3回程度のホルター心電図によるチェックを行う。
●次の動脈硬化病が再発するのは脳卒中である確率が一番高く、予防には血圧を130/80mmHg未満にする。
●運動療法はQOLの改善に最も有効な方法で、無理をせず長続きする工夫をする。
新たな病気を発症させない(二次予防)ための目標
タバコ 完全禁煙
酒 可能なら禁酒
血圧 <130/80 mmHg
血清脂質 LDL(悪玉)コレステロール<70 mg/㎗
運動 1回30分 3~4回/週
体重 BMI 22~24
薬剤 アスピリン 80~100mg/日
なるべく早期からACE阻害薬
